メンマあれこれ
■そもそもメンマって?
メンマの発祥は台湾中部の嘉義市周辺。原料は南方系の筍である「麻竹(マチク)」。この麻竹の筍を、ボイルして発酵したものがメンマです。
かつては100%台湾産でしたが、高度成長で台湾の農家が激減して生産ができなくなり、現在では95%程度が中国(主に広東省)からの輸入に依存しています。
■メンマの名前の由来
もともとは「支那竹」と書いて「しなたけ」ないし「しなちく」と呼んでいたもの。いつの頃からか「メンマ」との呼び名が一般化。その語源には諸説あるものの、「ラーメン」のメンに原料である「麻竹」のマをくっつけてできた造語と言う説が最も有力です。
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| ラーメンには欠かせない存在 |
主に中国北部で、麺の上にのせる具を「麺馬儿(ミェンマール)」というところから、ラーメンにのせる代表的な具として「メンマ」と呼ばれるようになった、という別説も。しかし、これにはかなりの無理があります。そもそもメンマは台湾のみで発生発展してきた食品で、台湾語にはそのような語彙がありません。また、その台湾においてもメンマをラーメンの上にのせるという食習慣はありません。ちなみに原産地台湾では、主に「乾筍(カンスン)」と呼ばれています。
メンマとラーメンの出会い・・・明治時代
■札幌ラーメンの元祖「竹家食堂」(大正11年創業)
“創業時からメンマを入れていた”
■東京ラーメンの元祖「来来軒」(明治43年創業)
“メンマは開店以来入っている”
■日本のラーメンの発祥地、横浜中華街
明治初期から中華料理店が始まり、程なく現在のラーメンの原型ができました。その当時は台湾のメンマの輸出先は主に香港・上海で、横浜中華街(南京街)の人達も香港・上海から輸入していました。
当初は、豚バラ肉とメンマを煮込んだものをラーメンの上に載せていたようです。日本的ラーメンの最初の具がメンマだったと言えるでしょう。チャーシューがのっかるようになったのは、ずいぶん後のことです。
昭和28年「味付メンマ」発売!
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| 日本の味付メンマの元祖 しなたけピリ辛中華味 |
明治の頃からラーメンに入っていたメンマ。現在では、どこのスーパー、コンビニにいっても必ずメンマが売られています。その発端は昭和28年5月、わが社の前身である大門食品創業者・南郷龍男が日本で初めて「味付メンマ」を開発し、発売したことに始まります。まさに我が社が日本の、イコール世界の「味付メンマ」の元祖なのです。
■竹のウンチク
竹は日本人には大変なじみ深いものですが、植物学的には非常にユニークな存在で、木なのか草なのかすらも見解の分かれるところですし、イネ科に含める学者もいれば、タケ科として独立して分類する学者もいます。ここでは竹博士として高名な盛岡高等農林OBの室井綽(むろい ひろし)先生の分類をご紹介します。
| タケ科 | タケ類: | 地下茎があり、成長後に竹の皮が落ちる |
| ササ類: | 地下茎があり、成長後も竹の皮が着いている | |
| バンブー類: | 地下茎が(ほとんど)なく、株立ちする |
■孟宗竹と真竹
現在の日本で竹といえば代表的なものとしてこの2種が思い浮かびますが、この2種のうち「孟宗竹」は中国原産種であり、「真竹」は日本固有種です。
「孟宗竹」がいつどのようにして日本に渡来したかについては諸説あり、「竹屋の高間」と呼ばれる竹専門の写真家、高間新治さんによると次の2説が有力です。
(1) 京都府長岡京市の海印寺寂照院説
1600年代に京都宇治の黄檗山万福寺管長が中国から持ち帰ったものを寂照院の院主がもらいうけ、1728年に海印寺に植えたとする説。
(2) 鹿児島市の磯庭園(江南竹林)説
1736年薩摩藩第21代藩主、島津吉貴公が中国から(琉球経由で?)苗を入手し、磯庭園に植えたとする説。
最後に竹を詠んだおめでたい歌を一つ、江戸の粋人太田南畝(蜀山人)の作。
竹の子のまた竹の子の竹の子の
子の子の末もしげるめでたさ


















